2011年07月03日

飾り山笠探訪

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 今日は起きたらどんよりとした曇り空。昨日と同じような天気だが、今日の方が心なしか空が明るい。パソコンを立ち上げてインターネットに接続し、ニュースを見がてら天気予報をチェックすると、昼にかけて雨との予報だ。

 何はともあれ、午前中は掃除にいそしむ。掃除機かけに始まって、風呂とトイレを掃除した後、珍しく窓拭きをする。実は、ずっと窓を拭いていなかったので、最近は雨が降っているかどうかを部屋の中から確認できないほどになっていた。薄汚れた窓から外を眺めてもう止んだろうと階下に下り、外に出た途端まだ小雨が降っていたりすると、ガックリ来て傘を取りに上がることになる。梅雨になる前にやっておけば良かったと悔やんでいたので、ベランダに出てせっせと窓を拭いた。ピカピカにはならなかったが、まぁこんなもんか(笑)。

 今日は色々用があるので、昨日のようにのんびりと山笠見物に出掛けていられない。所用で午後に外出したついでに、Yahooドームまで足を伸ばす。実はこんなところにも飾り山笠があるのだ。


■福岡ドームの13番飾り山笠

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 表が「鷹昇快進撃(たかのぼるかいしんげき)」で、見送りは「奮戦箙の梅(ふんせんえびらのうめ)」である。

 「鷹昇快進撃」については、説明の必要はなかろう。場所柄から言って、これが表に来ないと始まらない。ご存知、福岡ソフトバンクホークスの快進撃を題材にしている。大阪の南海ホークスに始まって、ダイエーホークス、ソフトバンクホークスと名前は変わって来たが、今や福岡になくてはならないチームとなった。交流戦優勝で勢いをつけて、このまま一気に駆け抜けたい若鷹軍団だが、さてどうなるだろう。

 「奮戦箙の梅」は、源平の戦いの中でも名高い「一の谷の合戦」を題材にしている。福原と須磨で行われた戦いで、源義経がわずか70騎を率いて背後から平家の陣を衝いた「鵯越の逆落とし」で有名である。この山笠で描かれているのはその場面ではなく、源氏方の「梶原景季(かじわらかげすえ)」が箙(矢を入れる筒)に梅の花の枝を挿して「梶原の二度駆け」と呼ばれる奮戦をした様子を描いている。


 さてここで、昨日帰り際に、天神に立ち寄って見学した飾り山笠の紹介もしておこう。天神地区は博多の外なので流とは関係ない。従って、飾り山笠のみが展示してある。

 まずは地下鉄空港線の天神駅近くから見始めて、南に下りていったので、その順番で紹介する。


■新天町の9番飾り山笠

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 新天町は、天神から延びる地上の商店街である。アーケードがあって雨でも気にせず買い物が出来る。ここの一角に飾り山笠が飾られているが、これはちょっと観光客には分かりにくい場所かもしれない。

 表が「疾風迅雷六文銭(しっぷうじんらいろくもんせん)」で、見送りは「アニメ美食屋トリコ」である。

 「疾風迅雷六文銭」は、昨日見た櫛田神社の番外飾り山笠「智将疾風関ヶ原(ちしょうしっぷうせきがはら)」と同じく、真田幸村を題材にしている。六文銭は真田家の家紋だ。幸村の名を後世に知らしめた最大の活躍場面は大坂夏の陣で、このときわずか50騎を率いて徳川家康の本陣まで攻め込み、旗本勢を蹴散らして徳川家康に切腹を覚悟させたと言われている。後一歩のところで反撃に遭い、その後四王寺近くで討たれる。

 「アニメ美食屋トリコ」が何なのかは、私全く知りません(笑)。よってコメント不能。


■ソラリアの17番飾り山笠

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 ソラリアプラザの1階の吹き抜けに飾られている。ここも、ちょっと観光客には分かりにくいかな。いっそのこと、横の警固公園に飾れば目立つのにと思う。でもスポンサーはあくまでもソラリアだから、公共空間には置かないんだろうなぁ。

 表が「怪力相撲日田殿(かいりきすもうひたどん)」で、見送りは「勇者ライオンズ」である。どちらもスポーツものだ。

 「怪力相撲日田殿」は、大分県日田市出身と伝えられる伝説の力士「大蔵永季」を題材にしたもので、その渾名が「日田殿」らしい。角界では有名な存在と聞くが、私は寡聞にして知らぬ。平安時代の力士なので、多分に神格化されているのだと思う。現在の相撲は八百長問題以降ふるわないが、何とか立ち直って欲しいものだ。

 「勇者ライオンズ」は、かつて地元球団だった西鉄ライオンズを題材にしている。戦後すぐに誕生して、高度成長期に大活躍した有名球団だが、黒い霧事件で失速し、やがて西武に買収され福岡から去ってしまう。西鉄ライオンズ全盛期に福岡市民が足しげく応援に通ったのが福岡城址にある旧平和台球場だ。今球場跡に行くと「夏草や兵どもが夢の跡」という感じがする。


■天神一丁目の11番飾り山笠

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 もう一つ天神の繁華街にある飾り山笠は、大丸横の「エルガーラ・パサージュ広場」に鎮座ましましている。その様子が、このページの冒頭の写真だ。広場全体が巨大なアーケードに覆われているので、雨が降っても問題なく見学が出来る。でも、アーケードの端から外を覗くと、かなり本格的に雨が降っていた。

 表が「季長元寇之武勲(すえながげんこうのぶくん)」で、見送りは「尊氏多々良浜誉(たかうじたたらはまのほまれ)」である。

 「季長元寇之武勲」は、元寇時に活躍した肥後の御家人「竹崎季長(たけさきすえなが)」に題材を取ったものだ。蒙古軍の上陸を許した文永の役の際、博多の街で一番駆けの武功を立てたにもかかわらず恩賞がなかった季長は、自費で鎌倉まで赴き幕府に直訴する。そのかいあって肥後の海東郷の地頭に任じられた。彼の活躍ぶりを描いた「蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)」が有名だ。

 「尊氏多々良浜誉」は、福岡市東区を流れる多々良川で、一旦九州に敗走した足利尊氏と、肥後の菊池一族を中心とした九州の御家人連合軍が激突した時の合戦を題材にしている。足利軍の十倍の兵力を擁する菊池軍は当初戦いを有利に進めるが、裏切り者も出て最後は足利尊氏が勝利した。これにより九州の御家人を味方につけた足利軍は体勢を整えて再び上洛し、湊川の戦いで楠木正成を破ることとなる。


 実は、渡辺通り沿いに南下し、住吉通りとの交差点まで行くともう一つ飾り山笠が見られたのだが、雨が本降りになったので諦めた。あそこまで地下道がつながっていたら行くのになぁと、少々残念だった。

 これで昨日・今日と合わせて合計10の飾り山笠を見たことになる。残りは4つだが、各地区にポツポツと散らばっているため、まとめて見に行くのは無理だ。機会があれば一つずつ見ることにしよう。


posted by OhBoy at 23:29| 日記