2011年04月09日

愛宕山と室見川散策

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 今朝は起きたら、薄雲が広がってはいるものの、まずまずの快晴。一昨晩からの雨と風はやみ、けっこうな散歩日和となった。毎週の恒例行事である洗濯とワイシャツのアイロンがけを午前中に済ませ、昼ご飯を手早く済ませると早速散歩に出掛けた。

 木曜から降り続いた雨はまとまったものだったし、風の方もなかなか強く、夜にはうなりをあげて吹いていた。実は水・木と出張に行っていて、飛行機で福岡に戻って来たのだが、海上は飛行機の上からでもハッキリ分かるくらいに白波が立っていたし、着陸時にはふらふらと機体が揺れて何とも不気味だった。

 一緒に出張に行った地元の人は「春一番ですかねぇ〜」なんて言っているので、「こちらでも春一番って言うんですか?」と訊いたところ、「春一番の語源は元々壱岐に由来があるんですよ」と言われてしまった。

 春一番は漁師が使っていた言葉で、この季節に吹く強い南風のことだ。対馬や壱岐、五島列島などの漁師たちは、春一番を昔から恐れていたようで、実際に江戸末期、壱岐から漁に出た船団が春一番に遭い50人近くが亡くなったらしい。この慰霊のため、壱岐の郷ノ浦港には「春一番の塔」が建っているという。以前「濡れ衣を着せる」の語源が福岡にあったのを発見して驚いたことがあったが、春一番もこんな身近な場所に語源があったのかとビックリした。

 まぁそんなわけで、強烈な南風とまとまった雨が通過した後だから、桜はあまり期待できないかもしれないと思いながらも、桜の名所「愛宕山(あたごやま)」に出掛けた。本日のスタート地点は、地下鉄空港線「室見駅」だ。

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 室見駅から室見川を渡り、明治通りの「愛宕下」バス停の前にある参道から愛宕山に登ることにする。今まで何度か愛宕山へ登っているが、どういうわけだか脇道を使うことが多く、この正式の参道を上るのは初めてである。まぁここは心臓破りの階段がいきなりそそり立っているから、敬遠したくなる気持ちは誰しもあるだろう。

 神社の階段というものは、最初は何とも思わないのだが、途中からジワジワと大腿辺りにきいてくる。ここの参道は、とりあえず見えている階段を上ると、ちょっと角度を変えて次なる階段がそびえ立つ構造になっており、それを見て一気に脱力する仕掛けである(笑)。さすがに一息では上れず、途中で休んで下界の景色を眺めたあと、残りを上って何とか駐車場に続く坂道へ出た。しかし、神社にたどり着くには更に先の階段を上らないといけない。実にいい運動になった。

 愛宕山の標高は約60mで、さして高くはない。ただ、海に面しているので見晴らしがいい。桜の名所というだけでなく、季節がよければ景色を楽しみに来る人が多いし、夜景を見るのにも絶好のスポットだと聞いた。

 そんな眺めの良いところゆえ、鎌倉時代にはこの山に「鎮西探題(ちんぜいたんだい)」が置かれていた。文永・弘安と二度にわたる元寇の戦いがあった後に、鎌倉幕府が設置した出先機関で、九州の行政・裁判・軍事などを管轄していた。室町時代になると、鎮西探題を踏襲するかたちで、「九州探題(きゅうしゅうたんだい)」という機関が置かれた。しかし、九州の実力者である島津氏・大友氏などはアンチ幕府の立場で、探題職を担っていた渋川氏を襲ってこれを滅ぼし、探題は事実上消滅する。愛宕山のつい先にある姪浜小学校脇に「探題塚(たんだいづか)」があるが、ここが渋川氏最期の地である。

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 愛宕山に植わっている桜の数は二千本と言われている。数だけ聞くと、至るところ桜だらけという印象だが、実際には山が広いので密集して咲いているわけではない。ただ、古木が多いため一本一本の枝振りが見事で、豪華絢爛という感じがする。

 既に散り始めている桜や、葉が出始めている木もあるが、まぁほぼ満開という感じで充分見ごたえがある。しかし、来週になると完全に盛りを過ぎるだろうなぁ。かくして先週と今週、2週末だけの桜見物となりそうだ。

 階段沿いに咲いている桜が多いせいか、シートを広げて花見をしている人はほとんどいない。そのかわり参道には老舗の茶屋があって名物の餅を売っているので、ここで休憩している人が多いようだ。つられて入って餅を食べると、何のためにウォーキングをしているのか分からなくなるので、私は遠慮しておいた。

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 桜の色には様々なものがあるが、ソメイヨシノのうっすらとしたピンクが一番美しく、桜のイメージによく合う。山桜の白い花もいいが、ソメイヨシノの淡いピンクは格別だ。また花びらの形も色々あって、ぼんぼりのように花が密集して咲く桜も見たことがあるが、きれいではあっても、桜という花の持つイメージからすると、ちょっと派手過ぎるかなと思った覚えがある。

 桜は、日本人に様々な感慨を呼び起こす花だ。誰しも桜にまつわる思い出を持っているものだし、忘れがたい桜というものもあるだろう。そうした記憶の中の桜と、目の前にある桜のイメージが重なり合うことが大事で、そうした観点からは、どうしても一般的なソメイヨシノが有利ということになる。

 日本の自然における美というのは、元々淡い色合いのものなのだ。今では、原色の花や色とりどりの葉をつけた植物を公園や庭先で見かけるが、そのほとんどは海外から持ち込まれた外来品種だろう。日本古来の美は、もっと渋く、淡い色をしている。桜の淡いピンクしかり、新緑の黄緑色しかり、紅葉の赤しかりである。

 原色の装飾が氾濫する現代の都市生活にひたっていると、たまに見る自然の地味で淡い色合いが新鮮に見える。原色の顔料が手に入れにくかった昔の日本人は、逆に派手な色合いを好んだのだろうが、原色も長い間見続けていると辟易してくるところがある。

 桜を眺めつつそんなことを考えながら、何とか頑張って山頂にたどり着く。ここには「鷲尾愛宕神社」がある。

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 この神社の紹介は、以前に来たときにもしたと思う。元は「鷲尾神社」と言い、その当時は山の名前も「鷲尾山」だった。「愛宕」が付いたのは、うつけ者で有名な福岡藩二代目藩主黒田忠之のときで、忠之が京都から愛宕権現を迎えたのである。愛宕山という名前に変わったのはこの時だ。

 元々の鷲尾神社は、景行天皇の時代に建てられたと伝えられているが、「日本武尊(やまとたけるのみこと)」の父親が建てたということは、創建は神話時代の話になる。要するに、記録が分からないくらいに古いということだ。姪浜地区には他にも創建が神代の神社があるから、この神社に限らず地区の歴史が相当古いということだろう。

 景行天皇がどうしてここにやって来て神社を建てたのかと不思議に思われるかもしれないが、日本神話では「熊襲(くまそ)」を制圧して九州を平定するために景行天皇がこの地に遠征してきたという話になっているから辻褄は合う。

 一方、愛宕神社がやって来たのは江戸時代と、比較的新しい話になるが、それでも京都郊外にある総本山の愛宕神社と、徳川家康の命により建てられた東京都港区の愛宕神社と並んで、三大愛宕神社と呼ばれているらしい。愛宕神社なんて全国に数百社あるはずだが、ここの愛宕神社がどうしてそれほど権威があるのかはよく分からない。

 愛宕神社そのものは、元は火にまつわる神様を祀っていて、お参りすると火事に遭わないなんて言われているが、最近はそれが発展して防災の神様ともされている。今のご時勢にピッタリの神社である。

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 神社の境内はそのまま展望台になっていて、四方がよく見える。上の写真は東方向を見たもので、福岡タワーがそびえる百地浜地区である。北側はシーサイドエリアの高級住宅地で、西側にはアウトレットモール「マリノアシティー福岡」の観覧車が見える。ここから眺められる一帯はほとんどが埋立地で、昔はこの愛宕山の周辺は海だったと考えられている。

 以前愛宕山に来たときに、南西側の登り口付近に「蛇岩」と呼ばれる地層が剥き出しの箇所があるのを紹介したことがあった。対立した村の若者同士が夫婦になったため、村人たちから海に投げ込まれ、死して後に蛇となったという伝説の岩だが、実態は海に洗われて出来た侵食地形だとされており、愛宕山の周りは海だったことが分かる。

 私が住んでいるわけじゃないからいいのだが、地震が起きたときにこうした埋立地は大丈夫なんだろうかと心配してしまう。今回の地震で、東京周辺では高級住宅地としてもてはやされていた千葉県の舞浜地区が液状化現象で大変な事態になっているのを見るにつけ、シーサイドエリアの埋立地に警戒感を抱くようになった。そう感じるのは、今や私だけではあるまい。

 さて、愛宕山の桜も堪能したことだし、そろそろ山を降りて今度は室見川の堤防沿いでも歩こうかと考えた。

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 福岡市内を流れるいくつかの川の堤防沿いを歩いてきたが、今までのところではこの室見川の堤防が一番気に入っている。川自体が広々としていて気持ちいいし、何より散策に適した歩道が、両岸ともきれいに整備されている。所々公園もあるし、水はきれいで野鳥も多い。

 せっかく天気もいいのだし、距離を稼ごうと、かなり南の方まで歩くことにした。堤防沿いにはところどころ桜が植えられており、花見客も多い。家族連れがシートを広げて楽しげにくつろいでいる。その脇を選挙カーが通り、明日投票の地方選の候補が最後のお願いを繰り返す。先週も花見の席を回って売り込みをする候補者を見たが、何もここまですることはないだろうと思う。かえって嫌がられるよ。

 堤防沿いを歩いていて珍しいものを見つけた。室見川の初春の風物詩シロウオ漁に使う「やな」である。

 2月の中下旬頃から室見川でシロウオが獲れる。地元の組合が室見川にやなを仕掛け、かごにシロウオを集めて捕獲する。昔ながらの伝統的な漁法が今でも行われている。捕らえられたシロウオは春を呼ぶ珍魚として魚料理の店などに卸されるようだが、室見川沿いに臨時に建てられたプレハブの小屋でも賞味できる。

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 上の写真が室見川に張り巡らされたやなで、この角の辺りにかごを据え付けてシロウオを集めるのだと思う。やなの上には無数のカモメが集まっている。シロウオは人間様が捕るとして、やなに集まった他の魚は自分らで頂いてしまおうという魂胆らしい。実に賢い鳥である。

 シロウオを食べさせる臨時のプレハブ小屋も営業中だったので、通りすがりに中を覗いたが、天気もいいせいかけっこうな人数の客が集まっている。街中の料理屋でシロウオを食べると高いので、ここの小屋で食べると言っていた地元の人がいたが、繁盛している様子を見ると毎年これを楽しみにしている人は大勢いるのだろう。

 実を言うと、私もたまたま天神で飲み会をやったときにシロウオを食べた。突き出しのように店の人が持って来て、ポン酢をかけて食べて下さいと言われた。もちろん生きているから、ポン酢をかけるとピチピチ跳ねる。辺りにポン酢が飛び散る前にツルリと食べるわけだが、生きたままの魚を口に入れるというのはあまり気持ちいいものではない。

 以前にも書いたが、私はシロウオが好物というわけではない。好きな人に言わせると、動くシロウオが喉を通っていく感触がたまらないらしい。そのうえ精力がつくから毎年楽しみにしているなんて言う人もいるが、こちらとしてはあまり積極的に食べたいシロモノではない。

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 桜の花もきれいだが、川沿いの草木に鮮やかな黄緑色の若葉がつき、青空によく映える。4月も中旬となりそろそろ新緑の季節だ。桜のピンクと新緑の黄緑色は、色の組合せとしてお互いを引き立てあう。これからは週末ごとに自然が息づいて来て、散歩の楽しみが増えそうだ。

 ところで、東京の花見自粛はどうなったのだろうか。私は、被災した人が気を悪くするような騒ぎ方は如何かと思うが、日本人が古来から春の訪れを喜び桜の花を愛でた慣習までやめろというのは如何かと思う。そんなふうに全体で自粛すると被災者の人たちが喜ぶのだろうか。いったい誰がそうして欲しいと言ったのだろうか。

 最近、ちょっとした娯楽に関しても「不謹慎だ」と他人の行いを非難する風潮がある。言わんとするところは分からないでもないが、第二次大戦中に何かというと「非国民」とののしって全体に従うよう国民に強要した全体主義の時代を髣髴とさせて、何だか嫌な気分になる。特にマスコミが先頭に立っていきりたっている姿を見ると、戦時中に国民を戦争に駆り立てた新聞社の行いも、こんなことだったんだろうなと思ってしまう。

 そんなことをつらつら考えながら室見橋からスタートした川沿いの散歩は、室見川筑肥橋、室見新橋とドンドン南下して行く。このまま外環室見橋まで歩いて地下鉄七隈線で帰ろうかとも思ったが、さすがに大回りになるのでやめた。結局、小田部大橋まで歩き、橋のたもとのブック・オフに立ち寄ってから、Uターンして帰ることにする。

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 今日の感じから言うと、桜の方は思ったほどには散っていない。この分だとまだ充分花見は楽しめそうなので、明日もどこかに桜を見に行くかな。おそらくこれが今年最後の花見になるだろう。

 今日は天気も良いうえ、たくさん散歩できていい一日だった。願わくば、明日もこんないい散歩日和であるようにと祈りながら、地下鉄室見駅まで歩いた。

posted by OhBoy at 23:17| 日記