2011年04月16日

博多漁港経由で天神へ

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 昨夜の天気予報を見て、今日は朝から快晴だとばかり思って目を覚ましたら、何やら外がさほど明るくない。あれっと思ってカーテンを開けると、どんよりとした曇り空。そのうえ風も強く、寒いというわけではないが、やや冷たい北風が吹いている。時折、唸りを上げるような勢いなので、これですっかり桜も散るだろう。

 桜が咲いて以降、気温も上がり気味だったため、すっかり春になったものと思っていたが、今日の天気はやや肩透かしを食らったような気分だ。といっても、コートがいるような寒さではない。

 天気予報を見ても福岡は次第に晴れるということだったので、そのうち太陽も顔を覗かせるだろうと、午前中は洗濯とワイシャツのクリーニングがけについやす。しかし、昼になっても一向に日が差してくる気配はない。下手すればパラパラと小雨でも降りかねない空模様なので、外に出るのがややためらわれる。洗濯物も外に干しておいて大丈夫だろうかと、やや不安になる始末だ。

 ただ、今日は天神まで行かなければならない用事があるので、どのみち午後には出掛けなければならない。地下鉄で行くかと一瞬思ったが、天気予報の降水確率は10-20%なので、散歩も兼ねて歩いて行くことにした。折りたたみ傘を持っていれば何とかなるだろう。もっとも、ベランダに干した洗濯物は不安材料だが・・・。

 今までの天神への経路としては、けやき通り経由で行ったり、昭和通りや明治通り沿いの旧跡などを訪ねながら歩いたりした。同じルートではつまらないので、今日は海沿いを歩くことにする。といっても、歩いたことのない道というわけではないが・・・。

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 まずはテクテク歩いて西公園の東側まで行く。案の定、西公園の桜はかなり散ってしまっている。雨こそ降らなかったが、あの風では仕方あるまい。道路脇には桜の花びらがいっぱい落ちている。

 博多漁港の西端は西公園のある荒津山ということになる。すぐ北側は、荒津の石油中継基地がある場所だ。奈良時代や平安時代に、この辺りから大陸に渡る船が出ていたなんて信じられない現在の光景である。

 本日は、ここから天神のある東に向けて博多漁港沿いを歩こうという趣向である。

 福岡の港というと、貿易港か工業用途の港湾だと最初は思っていた。まさかど真ん中に漁港があるなんて、思いもしなかった。それは福岡市が150万人近くの人口を擁する九州最大の政令指定都市であったからで、漁業というイメージと結びつかなかったのだ。よく考えれば、北九州の工業地帯は福岡ではなく北九州市だということは、昔中学・高校の社会科の授業で習ったはずなんだが・・・。

 博多港全体としては、貿易港としての役割も当然担っていて、もっと東側にある須崎埠頭や中央埠頭、東浜埠頭などで様々な物資の輸出入が行われていると聞く。元々博多と言えば、古代には大陸に向けて開かれた唯一の玄関口で、人も物も、ここを通じて海外と行き来していた。だから、貿易港というのが本来の博多港の姿なのだろう。

 しかし今は、福岡市の中心部あたりの海岸線を占めているのは博多漁港であり、鮮魚を扱う中央卸売市場もこのちょっと先にある。ここの漁港を基地にしている船団がどの程度の水揚げを占めているかは知らないが、鮮魚市場がここにあるということが、市中に日々新鮮な魚が出回るのを支えているわけで、魚好きの私としてはまことにありがたい存在である。

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 さて、博多漁港の一角には「福岡造船」の造船所がある。こんな狭いところで船を造っているなんて、ちょっと意外だ。

 北九州で造船所というと、長崎が真っ先に思い浮かぶ。三菱財閥創業者「岩崎彌太郎(いわさきやたろう)」の弟「岩崎彌之助(いわさきやのすけ)」が官営の「長崎造船局」の払い下げを受けて創設した「長崎造船(三菱重工業長崎造船所)」が有名で、戦艦武蔵はそこで建造された。今でも武蔵を造ったドッグが残っていると聞く。

 福岡漁港にある福岡造船も長崎に造船所を持っているようだが、本社はここ福岡で、造船所も現役で次々と船を造っているようだ。今も大きな船が建造中で、構内には入れないものの、船体は工場の外から見ることが出来る。工場の正門に突き出すように船の船首が見えていて、船の大きさというものを実感できる。

 福岡造船は、船の進水式を一般人に開放して見せてくれるというので有名らしい。この前の進水式は今年の2月21日だったようで、見に行った人に聞くと、けっこうな人数の見物客が来ていたようだ。大きな船なのでゆっくり水に入っていくものかと思ったら、あっという間の出来事だったという。

 福岡造船のサイトにその時の模様が動画でアップされているので見てみたら、たしかにスルスルと滑るように船が水に入っていく。これを間近で見るとなかなか迫力がありそうだ。でもこの狭い湾内であんなふうに勢いよく進水すると、惰性で向こう岸にぶつからないのかと心配になる。

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 福岡造船から南に少し下がり、「かもめ広場」沿いを歩く。ここは私の好きな散歩道で、平日来ないからよく分からないが、休みの日はホントに静かだ。係留されている船を見ながらのんびりと歩く。ほとんどすれ違う人もいない。

 途中に「天空の足湯」という無料の足湯場があるのだが、福岡の人でも意外とこの足湯のことは知らない。話をすると、みんな「そんなのあるんですかぁ」なんて顔をしている。私のように散歩を趣味にしている人間以外、博多漁港なんて歩かないんだろうなぁ。

 今日も足湯はけっこうな人の入りで、皆さん、気持ち良さそうに足を湯につけて、海を眺めている。休日の過ごし方としてはなかなか優雅じゃなかろうか。

 港を散歩していて気付くのは、けっこうカラスやトビの姿が目に付くことだ。逆にカモメはほとんど見掛けない。カラスはどこにでもいるが、トビが何羽か上空をゆっくりと旋回しているのは、魚でも探しているのだろうか。以前、西公園の展望台に上がったときにも、トビが悠然と漁港上空を舞っているのを見た記憶がある。

 長浜地区に入ると海沿いに中央卸売市場があるので、道は一旦南に折れて海から離れ、市場の脇で再び東に曲がって卸売市場前を歩くことになる。市場の西側辺りが有名な長浜のラーメン街だ。昼メシ時をとっくに過ぎているが、何人かの観光客とおぼしき人たちがラーメン屋に入るのを見掛けた。相変わらずの人気らしい。

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 長浜ラーメン発祥の話は、以前ここに来たときのブログで書いたと思うが、そもそもは鮮魚市場に仕入れに来る業者向けのラーメン屋台だったと聞く。それがやがて店舗を構えて一般の人たちも食べに来るようになり、噂が噂を呼んで今では観光客にも人気らしい。観光客が来るには、ちと辺鄙な場所ではあるが・・・。

 市場に出入りする人たちはみんな忙しいから、注文が来たらすぐにラーメンを出さないといけない。それで瞬時に茹で上がる極細めんが使われるようになり、そうなると熱いスープの中ではのびやすいので硬めの茹で上げが指定されるようになったと言われている。たしかに福岡の人は「バリカタ」が好きだ(笑)。

 ちなみに、こうした事情にない久留米辺りの豚骨ラーメンだと、麺をすぐに茹でる必要がないので、普通の太さの麺が使われている。従って、バリカタなんか頼むと麺が硬すぎるきらいがあるらしい。以前、久留米発祥のラーメン屋に行って店長の話を聞いていると、この人は博多っ子がすぐに「バリカタ」と指定するのが嫌いらしく、「うちにはバリカタはない」と突っぱねていると豪語していた。同じ豚骨ラーメンでも、出身地によって譲れぬ流儀があるものらしい。

 そういえば、この長浜ラーメンには元祖争いがあるとも聞いた。どちらが本家本元かで争っているらしい。私にその話をした人は経緯は知らないと言っていたが、そう言われてみれば店の前に「向こうの○○とは関係ない」みたいな張り紙があったりする。ここにもラーメン屋同士のプライドが火花を散らす土壌があるらしい。

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 さて、ラーメン街から少し行くと、中央卸売市場が見えて来る。当然今日はお休みで、周囲は閑散としている。この市場前の歩道は、場所によっては車が充分すれ違えるくらいに広い。どうしてこんなに広く取る必要があったのだろうと不思議に思う。

 この市場は、昔はここになかったとも聞く。もっと東側にあったものをこちらに移転したという話だ。当然ラーメン街も移動して来たのだろう。してみると、昔はラーメン街へのアクセスは簡単だったのかもしれない。でも、その頃は長浜ラーメンとは呼んでいなかったのではないか。だって、市場があった場所は長浜じゃなかったはずだから・・・。

 このまま行くと道は「須崎公園」にぶつかるが、それでは行き過ぎになって天神地区を越えてしまうため、手前の交差点で南に折れる。もうここまで来たら天神はすぐ近くで、あとは道なりに進めば自動的に着く。

 こうして見ると、天神もけっこう近いものだ。交差点で何度も信号待ちをするのが面倒なので、ダイエーから地下にもぐり、ビルの下を通って地下街に出る。土曜日の天神としては、人通りが心なしか少ない気がする。もしかしてこれは、JR博多シティーに客を奪われているからだろうか。こうして見ると、天神の危機感もあながち杞憂ではないような・・・。

 暫しあちこちに行って用事を済ませたあと、帰路はあっさり明治通りを選ぶ。これで途中雨が降っても、ちょっと行けば地下鉄の駅にたどり着ける。

 少し行ったところで、道路沿いに青森・岩手・秋田の三県が共同で出しているアンテナショップを見つける。更にその先に沖縄県のアンテナショップも。そういえば、最近中洲川端に長崎市・佐世保市・雲仙市 の三市が共同経営するアンテナショップが出来たとも聞いた。東京では県や主要都市のアンテナショップが一通りそろっているようだが、東京以外の都市にもそれなりに出店して宣伝しているんだなぁ。

 明治通り沿いの店を見ながら歩いているうちに、福岡城址のお堀端まで来た。

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 桜はほとんど散ってしまったようだが、代わりに八重桜がぼんぼりのようなピンクの花を咲かせており、なかなかきれいだ。花の色が濃いのと葉が一緒に出ているせいで、ソメイヨシノの幻想的な華やかさとはちょっと趣が異なるが、これはこれでいい。

 私の記憶では、この八重桜を塩漬けしたものを使って桜湯を作るはずだ。それ自体おいしいものだとは思わないが、日本人らしい風情があり、正式の祝いの席などにはふさわしい飲み物だと思う。

 もう一つ桜にちなんだ飲食物と言うと、桜餅がある。さっき天神で見ていたら菓子売り場でたくさん売っていた。この季節にふさわしい和菓子の代表作だろう。私は、桜餅をくるんでいる塩漬けの桜の葉があまり好きではなく、葉を剥がしてから食べるという変則的な食べ方をしてしまう。「葉のしょっぱさが餡と合っておいしいのに」と言われるが、どうも苦手だ。負け惜しみ的に言っておくと、葉に含まれる香りの成分は肝臓に悪い影響を与える。もっとも東京における放射能と同じで、いくつか食べた程度では「ただちには影響がない」(笑)。

 さて、お堀端を私の好きな土の散策道に沿って歩いていくと、散った桜の花びらが薄紅色の帯となって水面に漂っていた。この花が咲いていたのはつい1週間前のことで、桜の花の命の短さを思わずにはいられない。

 「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と書いたのは林芙美子だ。彼女は門司の人だったなぁ。

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 それにしても、そろそろ夕方になるというのに一向に太陽が覗く気配がない。幸い雨は降らなかったが、気温は思ったほど上がらず、寒いねと言っている薄着の通行人とすれ違ったりした。桜が散っても一気に春本番というわけには行かないのだろうか。既に4月も中旬だから、そろそろ汗ばむくらいの日が幾日か混じり始めるはずだけれど・・・。

 天気予報では明日は晴れのち曇と言っている。今度こそ外れずに、朝から快晴となって欲しいものだ。

posted by OhBoy at 23:10| 日記