2011年05月15日

鴻巣山へ長距離散歩

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 今日は朝起きたら、昨日に引き続き気持ちの良い晴天。絶好の散歩日和である。昨日は午前中を中心に風が強かったが、今日はそれ程でもない。こういう天気が続いて欲しいなぁと思うような理想的な空模様である。

 思い付いて、午前中フトンを干す。実は以前、風の強い日にフトンを干して、風にあおられてフトンが階下まで落ちて汚れてしまった悲しい事件があった(笑)。その時に、二度とフトンは干すまいと堅く心に誓ったのだが、今日のような理想的な晴天を前にすると、何となく干してみようという気持ちになった。でも、目の届く範囲で、短い時間干すだけにする。失敗から学ばない者は愚者である。

 さて、せっかくの散歩日和なので本日は気合を入れて歩こうと、今まで足を踏み入れていないエリアを目指すことにした。福岡市南部の中央区と南区の境にある「鴻巣山(こうのすやま)」である。行って帰って来ると、軽く10kmは超えるのではないかと思う。私の住んでいる場所から、歩いて鴻巣山に行って帰って来ようという人はまずいないだろう。

 福岡市の南部には南区や城南区があるが、ほとんど足を踏み入れたことがない。住宅地中心であまり目標となるスポットがないほか、道が入り組んでいて分かりにくいからだ。また、バス以外の交通手段がなく、便数や時間の正確さがあまり頼りにならないため、いざとなれば家から歩いていくしかないという問題もある。大きな川でも流れていれば、それに沿って歩くという手もあるが、そういっためぼしいルートもない。

 鴻巣山も以前から知ってはいたが、歩いて行くには少々遠いと敬遠していた。しかし、色々散歩しているうちに南公園くらいまでなら軽く歩けるという自信が付いたため、更にもう一歩踏み出して挑戦してみるかという気分になった次第である。

 スタート地点は、毎度お馴染みの大濠公園とする。今日も昨日と同じく大勢の人で賑わって、何とも平和な休日の風景である。

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 まずは昨日と反対周りで池に沿って南に下り、「大濠1丁目」の交差点を目指して「さつき橋」脇から公園を出る。交差点から「油山観光道路」に沿って南へ歩くルートを取ることにする。

 以前この付近を南下するのに「樋井川(ひいがわ)」沿いの道を歩いたことがあるが、車道と歩道の区別のない道で交通量もそこそこあり歩くのにはやや不向きなため、本日は幹線道路である油山観光道路を使う。こちらはたっぷりとした歩道が付いている。ただ、この通りは自動車道としては便利だろうが、機能一辺倒で街並みは味気ない。おまけに街路樹がないので、直射日光が照りつける。こうしてみると、どっちもどっちかな。

 九州大学の旧六本松キャンパスがある六本松西交差点を渡ろうとしたところで、以前から見ている風景と何かが違うような気がした。どういうわけだか開放的で明るいのである。いったい何がそう感じさせるのだろうと辺りを見渡してはたと気付く。九大旧六本松校舎が取り壊されて、ぽっかりと空間が出来ているのである。

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 ここは旧制福岡高等学校があった場所で、その後は九大の教養部が置かれていたと聞く。2009年に伊都キャンパスに移転したようだが、建物だけはつい最近まで残っていた。けっこう立派なビルがデーンとそびえていて、この辺りのランドマーク的存在だったのではなかろうか。いったいいつ取り壊したのだろう。卒業生が見たら悲しむかな。

 六本松に教養部があった時代にはこの付近には学生街が形成されていたと聞いたことがあるが、今では普通の街並みになっている。今回建物が取り壊されたあとに何が建つのか知らないが、近辺の現況から推察するに高級マンションなんぞが建設されるのではないか。そうなると、ここが学生街だったことを知る人はやがていなくなるんだろうなぁ。

 さて、六本松を通り過ぎて暫く行ったところで「梅光園緑道(ばいこうえんりょくどう)」に入ることにした。この道の方が多少は近道になるし、油山観光道路より散歩に適している。

 梅光園緑道は以前にも通ったことがあるが、車の入ってこない歩行者専用道で、静かな上、木陰もあって歩くにはもってこいだ。単なる歩道ではなく、ところどころ公園みたいなしつらえになっているが、元は筑肥線の線路があった場所だ。

 距離にして1km程度だが、いくつかのエリアごとにテーマが設けられている。北から南に道をたどると、最初に健康遊具のコーナーがあり、その次は松の広場だ。その先のアーチトンネルをくぐると、梅の広場、石の広場、芝生の広場、笹の広場と続き、噴水があって、最後は彫刻の広場となる。

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 現在の筑肥線はJR九州が運行しており、福岡市の西にある姪浜駅から佐賀県唐津市へ向かう路線になっている。だが、元をたどれば私鉄の「北九州鉄道」が博多と伊万里を結ぶために作った路線で、戦前になって国有化された。以前は姪浜ではなく、福岡市の中心部である博多まで線路が通っていたが、地下鉄開業に合わせて昭和58年に姪浜以東の線路が廃止された。その線路跡を緑道にしたのが梅光園緑道というわけだ。

 梅光園緑道を南まで歩き切ると、同じく筑肥線跡地を道路にした「筑肥新道」という幹線道路に出る。この道路をこのまま東にたどると、那珂川を渡り、以前に行った美野島の辺りで北にカーブを切ってJR線に併走する形になって消える。これがかつての筑肥線のルートということだろうか。

 梅光園緑道の終点までは以前来たことがあるが、ここから東に向かってのエリアは、まだ足を踏み入れたことのない場所だ。鴻巣山に行くには、ここから東の方に2km弱行ったところを南に折れるというルートになる。六本松からは、ずっと旧筑肥線線路跡をたどりながら歩いているということになる。

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 筑肥新道は幹線道路なので、平坦な道かと思ったら、微妙に起伏がある。この道路は東西方向に走っているのだが、道の北側が南公園のある「大休山(おおやすみやま)」で、南側にも無線中継塔の立つ丘陵地がある。つまり、広い意味でこの辺り一帯が昔、山地だったんだろう。

 南公園は動物園や植物園があって有名なため誰でも知っているが、その南公園がある山の名前はとなると、意外と福岡の人は知らない。西公園のある荒津山の名前もそうかもしれない。ちなみに、無線中継塔の立つ丘陵地も低い山だが、その名前は地図にも記されていなくて分からない。というか、地図を見る限り、そこが山だということが全く分からず、単なる住宅地のように表示されている。おそらく鴻巣山から西に連なる山なんだろう。

 大休山は、江戸時代に那珂郡や早良郡から福岡城下に入るための峠道があったところで、ここを越える人が峠の頂上で一休みしたので、この名前が付いているともいう。今は道路が整備されていて車ならあっという間に上り下りできるし、歩いて行くにしてもさして難儀ではない。しかし、江戸時代にはなかなか厳しい山だったようだ。おそらく大休山だけでなく、その手前の山も越えて行かなければならなかったからではないか。

 享保の大飢饉の時に、食料の尽きた南部の村々から福岡城下での炊き出しを求めてやって来た人々が、峠を越える辺りで力尽きて次々に餓死したという。当時のそうした犠牲者を弔う地蔵や供養墓が、今でも南公園内の片隅に残っている。

 さて、南公園を少し越えた辺りで筑肥新道を南に折れ、鴻巣山への入り口を探す予定だったが、ここで事件発生。道に迷ってしまったのである。実は交差点の名前を勘違いしていて、誤った道を南下してしまったようだ。だいぶ進んだところで気付いて地図を確かめるが、住宅街の中なので目印となるものがない。おまけに山の斜面にある住宅地なので、すごいアップダウンがある。ちょいと先まで行って様子を見るかなんて気持ちにはならないエリアである。

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 本来なら「平尾霊園」を目指して行き、霊園の奥から鴻巣山に入るのが確実なルートだが、ウォーキングを趣味にしていると、脇道や裏道を通りたいという妙な欲望が湧く。今回は「平尾西口」という入り口から鴻巣山の自然散策道に入るつもりで地図を調べていたのだが、これがなかなか分かりにくい場所にある。

 とにもかくにも自分がどこにいるのかを知らなくてはならない。キョロキョロしていると住宅街の中に緑地を発見した。早速地図を広げて、それがどの緑地か探す。小さな緑地なので地図には名前が出ていないが、道路の交差具合と緑地の位置関係などから、おそらくこの地点だろうと目星を付ける。祈るような気持ちで無人の住宅街を進むと、地図にある次なる緑地が見つかった。どうやら最初の推理は正しかったらしい。これで何とか正しい道を発見できる。

 暫く行くと、自然歩道の入り口を示す小さな案内板を見つけホッとする。この間、20分ほど坂のきつい住宅街の中をウロウロした。アップダウンがなければたいしたことないが、こんな道、よく自動車が上るなぁと思うような急勾配もあって、けっこう消耗した。

 それにしても、散歩の折に腕時計に付けている方位磁石が、こういう場面で役に立つ。以前アウトドアの店で買った本格的なものだが、これと地図のお蔭で、迷子になるたびに窮地を脱して来た。街中、特に入り組んだ住宅街では方位すら怪しくなることがあるから、ウォーキングに方位磁石は必須アイテムだ。

 ほどなく「平尾西口」を見つけるが、実はここからが山登り本番である。と言っても、この登山口の前の道から見ると、既にかなりの高さまで登って来たことが分かるが・・・。

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 「平尾西口」の階段を上がると、いきなり森の中である。これは本格的な山の風景だなぁと感じ入った。落ち葉が厚く敷き詰められ、道がどれなのか分からなかったが、ところどころにある土の階段を目印に、上へと登って行く。やがて山道の分岐のような場所にたどりつき、案内板を見つける。まずは山頂を目指そうと、道を右に折れて山道を上がって行った。

 東京にいた頃は、たまに埼玉県まで山登りに行っていたが、山道の整備状況としては鴻巣山は今イチの観がある。気を付けないと滑るんじゃないかと思う箇所があったり、地盤のゆるい場所に据えられた木道がぐらついていて、油断して踏み出すと足元を取られたりする。おそらくこの道は、なかなか人が来ないんだろう。

 やがて自然歩道を登り切ると、コンクリート道に出た。ここは電波塔に行くための自動車道らしいが、麓にあった門柱は閉じられ鍵がかけられていたので、車が上がって来ることはあるまい。もっとも、門柱の脇から人間は入れるので、この舗装道路を上がってくる人も多いのではないか。ここまでの道を考えると、山道に慣れていない人や、街中を歩くための靴を履いている人にはそちらの方がお薦めかもしれない。

 舗装道路の突き当たりにある電波塔まで行ってみたが、ここも門が閉められて人の気配がない。百道にある福岡タワーが今やメインなので、ここから発せられる電波はないということだろう。それにアナログ放送用らしいので、そのうち取り壊される運命なのではないか。

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 舗装道路と自然歩道の交差している地点まで戻り、自然歩道の先がどうなっているのか窺う。舗装道路からは土の階段がついていて一旦下りるようだが、その先再び上っている気配がある。その先に何があるのか木が邪魔して見えないし案内板の類もないが、登山口にあった地図では展望台があると表示されていたから、一応行ってみることにする。

 自然歩道を下まで降りて見上げると、なるほど登り道の一番上に鉄骨で組んだ物見台のようなものが見える。近づくと、かなりの高さのある展望台で、階段を上るのがちとつらい。でも、てっぺんまで行くと眺めは最高だ。

 鴻巣山は、山といっても100mほどの高さしかない。緑地保全地区に指定されているので、樹木は生えるに任せており、眺望のきくところはないのが実情だ。従って、歩いている限りはずっと森の中というわけである。それで、こんな展望台が据えられたのであろう。

 東側の眺望はあまりきかないが、他はきれいに見える。とりわけ、南側がいい。

 昨年9月末に南公園まで初めて来て、山頂の展望台から福岡市内を見渡した時、南側は鴻巣山から続く丘陵地帯に阻まれて、その向こうの街並みまでは見えなかった。緑に覆われたあの小高い一角は何だろうと思って調べたのが、鴻巣山を知ったきっかけだったが、こうして鴻巣山まで来てみると、油山まで続く福岡市南部が一望できる。遠路はるばる来た甲斐があったというものだ。

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 上の写真は、その油山方向の市街地を見たもので、冒頭の写真が海の方向を見たものである。なお、電波塔の写真もここから撮った。先ほど行った電波塔の真下からでは、木が邪魔になって全景が見えないのである。

 昨年秋に南公園に来て展望台に上った際には、桜坂に来るだけでもかなり遠いという感覚があったから、鴻巣山まで足を伸ばす気力など湧かなかったが、色々歩いているうちに、ここも散歩の射程距離になった。思い返せば何とも感慨深い話だ。

 さて、鴻巣山からの眺望を充分楽しんだところで、自然歩道を引き返し、今度はここの名物であるマテバシイの群落を見ることにする。

 マテバシイは、子供にはドングリの木という方が分かりやすかろう。秋になれば、ドングリ拾いのために子供たちが鴻巣山までやってくるのかもしれない。皆でワイワイ言いながらドングリを探して拾い集めるのは楽しいと思う。私も子供の頃、友達とドングリを拾いに山に行った経験がある。

 ここにどうしてマテバシイの群落があるかだが、元々は木炭用、あるいはそのまま薪用に植えられたようだ。しかし、戦時中にここが軍の演習場に使われて立ち入りが制限されたほか、戦後になると保全地区になってしまい伐採出来なくなったため、放置されたまま大きく育ったと聞く。

 先ほど「平尾西口」から上がって来た場所を通り過ぎて暫く山道を東に進むと、マテバシイの木々が密集している場所に出る。入り口の案内板では「マテバシイの森」と表示されている。なるほどここのマテバシイはなかなか立派なものが多い。

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 そのまま山道を進むと、やがて「平尾霊園」の一角に出る。ここは福岡市が運営する宗教不問の墓地で、園内はかなり広い。いったい自分が霊園のどの辺りにいるのか分からないので、園内を示した地図がないかと探す。区画ごとに番号が付いているので、地図さえあれば居場所が分かる。再び変なところに出て迷子になりたくなかったのである。

 当初の予定では、この霊園の正面ゲートから出て北に進み、筑肥新道に戻ろうという計画である。ほどなく園内案内図を見つけてメイン道路を目指す。緑の中に墓石が並び、丘陵地帯にあるため景色もいい。天気がいいせいか、けっこう人が来ている。ここだと、墓の区画の前まで車で来られるので便利そうだ。山の斜面にあってアップダウンがあるから、入り口から歩けと言われると、お年寄りにはちとしんどいかもしれない。

 メインの道路にはタクシーがけっこう停まっている。ここまで墓参りの人を送って来て、誰か帰りに乗る人を待っているのだろうか。そう言えば、さっき鴻巣山への入り口を探して住宅地をさまよっていたときに気付いたが、あの辺りにもたくさんタクシーが停まっていた。空車表示のままドライバーが車を離れ、ペットボトルを飲んだり、携帯電話をいじったりしていた。恰好の休憩エリアということだろうか。もしかして、この平尾霊園も、そうしたタクシードライバーの休憩エリアなのかもしれないと、ふと思った。

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 さて、一応見るべきものは見たのでここからは帰り道となるが、これがまた遠い。ただ、ここまでのところ、思ったほどには疲れていない。霊園正門から北上して筑肥新道まで戻る。来た道を戻るのではなく、今度は東側から南公園のある大休山の麓を回って行くコースを取ることにする。

 本当は、筑肥新道から裏道を利用してそのまま北に上がれば近道だが、分かりやすい道を行くと南公園のある大休山に一旦登って桜坂側に下りるルートになる。既に山には登ったので、もうアップダウンはけっこうという感じである。山を避けようすると東の麓辺りの裏道を回りこむように歩くことになるが、かなり道が複雑で迷子になりそうだ。

 もう迷うのはけっこうなので、多少距離はかかっても分かりやすい道を歩くことにした。

 ここから一気に帰るとしんどそうなので、筑肥新道に出てすぐのところにある「平尾大池公園」で休む。この公園は名前の通り池があり、全体として親水公園という感じだろうか。道路脇にあって一見落ち着かなさそうだが、道路から下ったところにあるので、公園まで下りてしまえば、のんびりとしてなかなか雰囲気のいい公園だ。

 池の周りに、中に入るなと表示があるが、子供なら絶対入るだろう(笑)。私が池のところに下りて行くときにも、何人かの子供が網とプラスチックの水槽を持って脇道から出て行った。ザリガニかカエルを捕っていたのではないか。何だか、色々な水中生物がいそうな池だ。

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 私は子供の頃に、よく用水路や池にカエルやザリガニを捕まえに出掛けた。学校が終わると、友人と待合わせをして目的の場所に繰り出す。用水路や池の中にはそれこそ子供には想像もつかない種類の生き物がいた。網ですくい取った泥の中に色々な生き物がのたくっていて、今度は何が取れたのか手で探るのが楽しみだった。

 時には水際で蛇に出あったり、ヒルに吸い付かれたりといったこともあったし、誤って靴を濡らしたことも一度や二度ではない。大きな食用ガエルを捕って持ち帰り、怒られたこともあったなぁ。でも、そうやって生き物について学んだのも事実だ。池や用水路は子供にとっての小宇宙だったし、自然について学ぶ場所でもあった。

 そんなことを考えながら池の脇にある石のベンチに座っていたら、根が生えたようになってしまった。やはり長い距離をアップダウン付きで歩き回ったので疲れているのだろう。

 座っているときりがなくなりそうだったので、立ち上がって公園の裏道沿いに東に進む。そこから脇道をたどり、「野村望東尼(のむらもとに)」の山荘をそのまま公園にした「山荘公園」に出る。ここは以前にも訪れたところで、彼女はこの家に幕末の志士たちをかくまったと伝えられている。

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 野村望東尼は幕末の女流歌人である。元々は福岡藩士の娘で、結婚後夫が亡くなり、仏門に入った。尼になってから幕末の志士たちを支援するようになる。特に長州藩の高杉晋作とは懇意だったとされる。山荘に志士たちをかくまったり、密会の場所として提供したりして、それが福岡藩に知られるところとなり、島流しにされた。彼女を助けたのは高杉晋作で、彼の手引きで島を脱出したあと、福岡には戻らず長州で生涯を閉じたという。

 以前この辺りに来た時に思ったが、周辺は品のいい住宅地で歩いていて気持ちがいい。そして、住人相手のショップやレストラン、パン・ケーキ屋なども、ちょいとしゃれた感じの店が多いと思う。和もあれば洋もあり、隠れ家的な店やら個性的な店やらも混じって、天神・大名界隈とは趣を異にした雰囲気のある街並みになっている。

 そんな街並みを楽しみながらのんびりと歩く。浄水通りと交差する辺りは店も多くておしゃれな感じだ。浄水という名前は、かつてあった「平尾浄水場」にちなんで付けられている。

 平尾浄水場は、福岡市に初めて出来た浄水施設のようで、大正時代に造られたと聞く。水源は同時に造られた「曲渕ダム」にあり、そこから送水管を引いて平尾まで水を持って来て浄水したようだ。その後水需要の高まりにより拡張を繰り返したが限界に達し、昭和51年に、油山の麓に出来た「夫婦石浄水場」に役割を譲り閉鎖された。その跡地は現在植物園の敷地の一部になっている。

 浄水通りの交差点からちょいと歩いたところに「カトリック浄水通教会」がある。この辺りの象徴的な建物として有名なようだ。

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 この隣には、アメリカ風の白い木造建築の「福岡司教館」もある。教会の真向かいはミッション系の「福岡雙葉小・中・高校」で、近くには他にもキリスト教会がいくつかあるようだ。浄水通りとの交差点界隈がおしゃれなのも、こういう環境と無縁ではないのかもしれない。

 教会の斜め前には「浄水緑地」と名付けられた傾斜地の公園がある。南公園のある大休山の斜面に作られた緑地保全地区で、昔のこの辺りの雰囲気を窺うことが出来る。せっかくだからと思って上まで登ってみたが、ベンチと遊具が備えられた広場があるだけで、誰もいなかった。

 最後のひと踏ん張りと、教会のある通りを北に向かい、城南線に出たところで西に曲がって桜坂に出る。ここからはもう地図がなくとも歩いて帰れるエリアだ。よく足を運ぶテリトリーまで戻って来た安心感からか、先ほど浄水緑地の上まで登ったのがダメ押しになったのか、足がだるくなって来た。でももう休む必要はなかろう。

 桜坂から北に延びる道をたどり、筑紫女学園の脇の道からショートカットしてけやき通りに出る。ここを西側に曲がり、護国神社を過ぎればスタート地点の大濠公園が目の前だ。

 大濠公園は相変わらずたくさんの人が行き来し賑やかだ。ここをスタートしてから戻って来るまで、4時間弱といったところだろうか。それにしても今日はたっぷり歩いた。鴻巣山への入り口を探してウロウロしたり、山の中を端から端まで歩いたりして、総計15kmはあったような気がするなぁ。おまけにアップダウン付きだ。

 今晩は心地良い疲労でぐっすり眠れそうだ。本日もいい散歩だった。
posted by OhBoy at 23:50| 日記