2011年05月29日

台風襲来

 今朝は風の音で目が覚めた。戸外でブーンという音が聞こえる。電線が強風にあおられて立てている音だろうか。昨日は雨といっても比較的穏やかだったが、今日は激しい天候だ。起きてカーテンを開けると、窓ガラスに雨が叩きつけられるようにして降っている。こうなると、買い物のための外出すら敬遠したくなる。

 天気予報をつけると、台風2号は九州南部の海域を通過するらしい。昼頃に最接近のようだが、雨風の強さは台風の位置とずれることがあるので、午後に天気が回復するとは限らない。逡巡することなく読書の一日と決めた。

 まだ読んでいない本の中から暫し考えて選んだのは、三津田信三の「山魔(やまんま)の如き嗤う(わらう)もの」である。講談社文庫から文庫版が今月発売されたばかりで、書店で見つけた瞬間に買った本だ。

11052901.jpg

 この本は、全国を放浪して怪異譚を収集する小説家「刀城言耶(とうじょうげんや)」を探偵役とするシリーズで、既に講談社文庫から発刊されている「厭魅(まじもの)の如き憑くもの」「首無(くびなし)の如き祟るもの」の2冊は読んだ。今回の「山魔の如き嗤うもの」は、講談社文庫版としては3作目に当たり、単行本として出た際に2009年の「本格ミステリ・ベスト10」一位に輝いた作品である。

 物語の舞台は戦後まもなくの山間の集落で、成人した男子が一人で霊山にお参りする通過儀礼から始まる。話の主人公がその途中で道に迷い、誤って入山を禁止されている忌み山に入り込み、夜になって一軒家にたどり着いて、不思議な山人一家と遭遇する。しかも彼らは、翌朝、密室状態の家から忽然と姿を消してしまう。この手記に興味を持った刀城が赴いた現地で、村に伝わる六地蔵の童唄に見立てて連続殺人が起こるというのが主な筋立てである。

 刀城言耶シリーズは推理小説であり、動機もトリックも仕込まれていて一応合理的なストーリーになっているが、どこかにホラーの要素がきちんとあって、読後感はすっきり合理的に話が片付いたというより、怪異の余韻がしっかりと残る構成になっている。その辺りが、他にもたくさんある土俗風味の推理小説と違うところだろう。

 この作品の中では、忌み山に棲むという山魔の存在が一つの伏流になっているが、それがかつてあった姥捨ての風習と重ねられていたり、山の中をたった一人で歩く原始的恐怖を様々に脚色したりしていて、恐怖のあおり方がうまいなと感心する。

 これをゴウゴウと風がなる薄暗い室内で一人読んでいると、なかなか雰囲気があって宜しい(笑)。怖いのが苦手な人には、一人深夜にこの本を読めといっても敬遠されるかもしれない。いっそ、この本を読んだ後に一人で曇り空の中を登山したりしたら、もっと盛り上がるんじゃなかろうか(笑)。

 最近とんと行かなくなってしまったが、東京にいた頃、たまに電車で埼玉県北部まで出掛けて山登りをしていた。たいていは息子と一緒だったが、一度夏の日に一人で山に登ったことがあった。そのときはいつも行く山ではなく、初めての山を登ったのだが、どういうわけだか登山道に誰もいなかった。これはなかなか珍しいことで、たいていは登る時も下りる時も誰かと出会って挨拶するものだが、この時はたった一人で初めての山道を歩いた。

 私は超自然現象を信じる方ではないが、大自然の中をたった一人歩くというのは、気持ちのいい反面、どこか原始的な恐怖を湧き上がらせる要素がある。山魔が出るというわけではないが(笑)、例えば途中で足を滑らせて崖下に落ちたらどうなるだろうといったような不安が芽生える。山の中では携帯電話の電波が届かないので、他のハイカーに見つけてもらうしかない。もし誰も通り掛らなかったらどうなるのだろう・・・。

 あるいは道に迷って辺りが薄暗くなり、下山口が見つからなかったらどうするのか。おそらくいないと思うが、道の先の笹薮からクマが出て来たらどうするのか。こうしたこともまた原始的な恐怖を呼び起こす不安材料である。

 科学の発達していない昔は、こうした原始的恐怖が妖怪や怪異として形を取って山の中に存在していた。だから、事故の多い山は忌み山として入山を規制されたのだろう。妖怪が出るとか怪異があると言えば、当時は誰も怖がって入山しない。言うなれば、昔の人の知恵だ。

 そんな妖怪変化や怪異譚は、文明社会の到来と共に次第に我々の周りから消えて行った。自然の隅々まで詳細に明らかになって、謎はなくなり、闇も消えた。闇のない社会には妖怪や怪異は身の置き場がない。だから現代の都市伝説と称される怪異譚には、人を怖がらせる要素しかない。人々の生活の知恵や、古来からの言い伝えなどとはキッパリ縁を切った存在なわけだ。

 でも、今回節電が叫ばれるようになって、公共空間の片隅に小さな闇が出来つつある現在、こうした原始的恐怖がもう一度息を吹き返し、山魔のように人々の心に宿るようになるかもしれない。暗がりに行ってはいけないよ、というのは、我々世代が子供の頃に親から言われた警告だった。それだけ暗がりが日常生活の中にあったからだろう。

 さて、来週は会議で東京に出張である。従って、福岡での週末の散歩はお休みということになる。もうそろそろ北九州も梅雨入りだろうから、これから暫くは週末の散歩は難しくなるかもしれない。運動不足にならないようにしないといけないなぁ。

posted by OhBoy at 22:16| 日記