2011年06月26日

狼花

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 今朝は起きたら曇り空で、窓から覗いてみると地面も乾いている。昨日の夕方に激しい雷雨に見舞われたが、その後は降っていないということだろうか。でも、西の空はかなり暗く、厚めの雨雲が待機しているように見える。

 インターネットに接続し天気予報を見てみると、本日は一日雨で、台風による大きな雨雲が長崎県の沿岸部にかかっている。これが刻々と福岡に近づいているみたいで、今日から明日にかけて大きく天気が崩れるらしい。雷・強風・波浪の各注意報が福岡に出ていて、そういえば妙に生暖かい風が不規則に吹いている。

 昨日から台風襲来のニュースで散々脅されていたが、私は悪いシナリオと良いシナリオの両方を頭に描いていた。

 悪いシナリオは、ニュースで言っていた通りに台風による激しい雨が降り、一日部屋に閉じ込められるというものである。一方、良いシナリオというのは、前評判ほどにはたいしたことはなく、昨日に引き続き、夕立の心配をしながらもちょっと散歩に出掛けられるという展開だ。台風というのは、進路もスピードも予想に反することが多く、一旦コースを外れると、一気に天気は回復する。秋の台風一過の秋晴れがいい例だ。

 でも現状を見ると悪い方のシナリオが優勢らしく、更に運が悪いことに、天気の崩れはこれから明日にかけて本格化するということだ。要するに、待っていても事態は悪化するばかりで、天気の好転は望めないというわけだ。

 そうこうしているうちにどんどん風が強くなり、窓を開けていると室内の物が飛ばされるほどの強風が吹き始めた。時折風のうなりも聞こえるような勢いで、堪らずに窓を閉める。どうやら福岡地方も台風の強風域に入ったらしく、フェリーも欠航が相次いでいるようだ。この強風下では、雨が降り始めても傘は差せない。雨はたまにパラパラと降る程度だが、天気がもつのを信じて外出し、本格的に雨に降られたらひとたまりもなかろう。

 かくして本日はさっさと読書に徹する覚悟を決めた。今日は大沢在昌の「狼花」を読む。いわずと知れた新宿鮫シリーズの第9冊目、600ページ以上ある長編だ。

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 私は、大沢在昌の名前は前から知っていたが、本は読んだことがなかった。最初に新宿鮫シリーズに接したのは小説ではなく映画で、真田広之主演の「眠らない街 新宿鮫」を、映画館ではなくテレビで見た。そのときはそんなに面白いとは思わなかったのだが、友人が原作は面白いというので読んでみたのが、本シリーズとの最初の出会いである。

 主人公の鮫島警部の特異なキャラクターに惹かれて、その後もコツコツと読み続けているが、新宿鮫シリーズ以外の大沢作品は全く読んでいない。何故だろうと思うのだが、自分でも分からない。

 私がずっと読んでいるシリーズというのは、他にもいくつかある。パトリシア・コーンウェルが書く検屍官ケイ・スカーペッタのシリーズがそうだし、もう終わってしまったが、R.D.ウィングフィールドによるフロスト警部シリーズも一生懸命読んだ。日本物では新宿鮫のほか、夢枕獏による陰陽師シリーズも読み続けている。そういえば、夢枕獏作品も、陰陽師シリーズ以外に読んだことがない。これも何故なのか、自分のことながら不思議である。

 さて新宿鮫シリーズだが、これは新宿警察署に勤務する鮫島警部を主人公とする警察小説で、ジャンルとしてはハードボイルドということになるのだろうか。

 新宿鮫シリーズの特徴は、主人公の鮫島が警察という組織からのけ者にされ、単独捜査を旨とする特異な存在として活躍するところだろうか。普通の警察小説というのは、上司や部下、同僚といった組合せによる組織捜査に重点が置かれ、様々なキャラクターがぶつかり合い協力しながら話が進む。私が愛読していたフロスト警部シリーズなどが好例で、そうした警察官同士の係わり合いがストーリーを豊かなものにし、話の展開に一役買うことになる。しかし、新宿鮫シリーズの鮫島は、一緒に捜査に携わる同僚がいない中で、単独捜査に徹して事件に立ち向かう。

 彼の立場の特異性は、警察組織に入ってからの複雑な事情によるものだ。そもそも鮫島は警察庁入庁のキャリア官僚であったが、自殺した同期入庁の友人から、公安内部の重大な秘密を遺書として託され、それを提出することを拒んだため、組織から睨まれることになる。

 上司たちから危険視された鮫島は、入庁時の階級である警部のまま新宿警察署に転勤させられるが、秘密を握ったままかたくなに意地を通す鮫島を、組織としても持て余してしまう。周囲の者も警察幹部に睨まれている鮫島には近寄らず、かくして彼は新宿署内でも孤立し、単独捜査を余儀なくされる。

 そんな鮫島の理解者も警察内部にはいて、同時に新宿のやくざからも一目置かれる存在になる。正義感が強く、長いものに巻かれない彼は様々な場面で衝突を繰り返しつつ、難事件に挑戦し、危険を冒しながら解決していく。

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 このシリーズは、組織の中の個人というものを伏流的なテーマにしつつ、新しい時流の中で起こる犯罪を取り上げている。今回読んだ「狼花」は、盗品を取引する裏マーケットの存在をメインにして、そこに、以前にも本シリーズに登場した謎の人物「仙田」が絡む。

 鮫島が組織のアウトローであるのと同じく、仙田もまた世界を股にかけた犯罪者でありながら、暴力団などとは一線を画した孤独な存在だ。過去の作品で彼は鮫島と接触し、犯罪者でありながら鮫島を助けたりした経緯はあるが、彼が何者で、どういう過去を持っているのかは謎に包まれたままだった。今回の「狼花」では、そんな彼と鮫島とが真っ向から対決し、仙田の正体も明らかになる。仙田もまた鮫島と同じく、組織対個人の問題を抱えた存在だったのだ。

 そしてもう一人、また別の立場から本作で鮫島の前に立ちはだかる人物がいる。鮫島とは同期入庁の警察キャリア官僚の香田である。香田は以前から本シリーズに何度も出て来て鮫島と対立して来たが、同時に鮫島を助けたこともあった。しかし、香田の立ち位置は見事なまでに警察という組織の権化であり、組織維持を最優先にエリート街道を歩んで来た。それゆえ、組織のことを考えずに自分の正義を貫こうとする鮫島を露骨に蔑んでいる。

 今回の作品では、香田の組織維持の熱い思いが、常識から逸脱した方向に向かう。外国人犯罪を撲滅するために暴力団と手を組むという奇策に走るのだ。そして最終的に、組織を思う心が自らを滅ばしてしまうのである。

 誰しも社会に出て組織の中で働き、上下関係で生じるいさかい、仕事と個人の価値観の対立などを経験すると、組織対個人の関係に様々な思いを抱くことになる。日本のサラリーマンは、バブル崩壊前の右肩上がりの時代には、そうした不満や疑問を心の奥底に封じ込め、経済的な豊かさを求めて歯を食いしばって頑張った。そして組織はそんな従業員に給料で報いて、将来にわたるサラリーマン人生を保証した。

 しかし、バブル崩壊とともに起こった日本株式会社の衰退により、組織がそこで働く個人を守る力が弱まり、組織と個人の絆はもろくなった。己を殺して組織に忠誠を誓った挙句が突然の解雇だったりして、かつてのサラリーマンの生き方や意識にも変化が生まれている。組織への絶対服従の時代は終わったのだろう。

 この物語に登場する香田の行動は、バブル崩壊で潰れ行く会社の中で、組織維持のために不正にまで手を染めて自らを滅ばした、幾多の会社の幹部の姿を髣髴とさせる。組織が自分の拠りどころであったかつての企業戦士の時代は遠い過去のものになり、時代の変わり目に多くの犠牲者が生まれた。

 組織の論理と個人の信条の対立があったときには自分の信条を優先するという鮫島の特異な立場を背景にしたこのシリーズは、そういう意味で新しい魅力を放ち始めているのかもしれない。彼のような生き方は、かつてのサラリーマン社会では組織からはみ出したアウトローであったし、それゆえ小説の中にしか存在しない架空の人間像だった。でも今の時代、彼がヒーローとして称えられる余地は、別の意味で広がっているように思う。

 自分の信念と組織の目的が離れ始めた時にどちらを取るのか。かつてのサラリーマンは組織の目的のために己を殺したが、さて、組織が個人を守らなくなった今の時代にはどうなんだろうか。


posted by OhBoy at 23:14| 日記